2011年2月19日土曜日

今日のうちねこ

箱入りくるたん

「死」という価値

世間では、「死」というものが正しく認識されていないのではと思う。
「生死」の認識は、たとえてみれば、「生」とはデータでの「"1"」という数値であるとすれば、死を表すのは「""」(空文字)ではないのだろうか。
それは値が存在しないことなので、価値そのものを認めていないような気がする。

そうではなく、ひょっとしたら死というものは数字で言うところの「"0"」なのではないかと思っている。

存在そのものであり、物質的なものである「正数」に対して、概念的であり、精神的なものである「負数」を理解するためには、橋渡しする「原点」、「基点」である「0」がきちんと理解できなければ、存在しないのではないだろうか。

それと同じように、「死」が理解できなければ「死後」もまた理解できないのではないだろうか。
それゆえ、「存在」そのものにのみ価値を置き「死んでいること」に対して、なんら価値を見出せない状態で、「死」を理解できない文明は「死後」も理解することができないのではないだろうか。

そしてそれこそが「生きること」の意味を見失わせてはいないだろうか。
われわれがこうして「生きていること」が、「死んだもの」「死んでいるもの」と密接につながっていることが理解できたなら、人は新しいステップに立てるのではと感じる。

2011年2月14日月曜日

今日のうちねこ

風邪気味くるたん

2011年2月11日金曜日

今日のうちねこ

今日はとってもおねむです

2011年2月3日木曜日

今日のうちねこ

豆まきの鬼役